※平野歩夢の師匠「國母和宏」の現在がヤバい…!

現在、韓国平昌では冬季オリンピックが開催され、様々な競技で大いに盛り上がりを見せていますが、

そんな中、スノーボードハーフパイプでは、平野歩夢選手が、ソチオリンピックに続く2大会連続の銀メダルを見事に獲得しました。

本当は金メダルを獲得したというニュースを聞きたかったところですが、2006年、2010年とこの種目の王者であるショーン・ホワイト選手が、3回目の滑りで完ぺきな演技を見せ(ハーフパイプは1人の選手が3回滑り、その中で最も高得点だったものがその選手の得点となる。)、

わずか2.5ポイントの差で平野歩夢選手を下し、冬季オリンピックのこの種目で3度のチャンピオンに輝くという偉業を成し遂げました。

ちなみにそのショーンホワイト選手は、前回のソチオリンピックは全体の4位であり、平野歩夢選手の方が勝っていたのですが、その前回の大会では、スイスのユーリ・ポドラドチコフ選手が見事に大技を決めて、わずか1.25ポイント差で優勝しました。

しかし、今回はそのユーリ・ポドラドチコフ選手はオリンピックをまさかの欠場。

平野歩夢選手は、運が良いのか悪いのかわからない感じですね(笑)次は是非金を取っていただきたいと思います!

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そして、そんなすごい平野歩夢選手ですが、実はそのスノーボードの技術の手本となっている師匠は、バンクーバーオリンピックであの腰パン騒動を引き起こした「國母和宏」選手であるということを、皆さんはご存知でしたでしょうか?

國母和宏選手は、2010年のバンクーバーオリンピックの時に、その服装の乱れなどを受けたものの、反抗的な態度をとったことから大バッシングを受けたので、記憶に残っている方も多いと思いますが、実はそんな國母和宏選手は、現在とてもヤバいことになっているのです。

ということで、いったい何がヤバいのか、今回の記事で詳しくまとめていきたいと思います。

平野歩夢選手の師匠、國母和宏ってどんな人?

出典:https://cyclestyle.net

平野歩夢選手は、ソチ、平昌と2大会連続の銀メダルという偉業を成し遂げてくれましたが、

そんな彼がソチオリンピックに出場したときはまだわずか15歳。これが、平野歩夢選手がその名を一気に世界にとどろかせる大きなきっかけとなりました。

しかし、そんな平野歩夢選手が、まだもっと若い11歳の時、2010年冬季オリンピックの舞台はカナダのバンクーバーでしたが、そのオリンピックの開催が差し迫ったところで、日本が注目するある問題を起こした人物がいました。

それが、その年のスノーボードハーフパイプ日本代表に選出された、國母和宏選手です。

先にも申し上げましたが、國母和宏選手が問題となったのはその服装にありました。結論から言うと、俗にいう「腰パン」をしていたため、それが日本代表の選手としてふさわしくないとして、批判の声が多く上がったのです。

そして、いざ会見でそれを問われると「反省してま~す」と回答し、さらに小さい声で「うっせーな」などと発言。その当時は、この國母和宏選手に対する非難がすごかったのを私もよく覚えています。

しかし、國母和宏選手のことをあまりよく知らない方からすると、そんな國母和宏選手はただの調子に乗っている痛いやつ、という風に映った方も多いかもしれませんが、

実はこの國母選手の自分の決めたものを貫き通すスタイルをリスペクトしている方も多く、あの服装に関しても、彼はいまだにそれが間違ったことだとは思っていないと発言しています。あの服装も、彼自身のスタイルの表現を貫いたまでのことなのです。

また、彼が注目されるべきはその服装だけではなく、実際にそのスノーボードの腕も超一流。彼が出場したオリンピックでは8位入賞というかたちで終わってしまいましたが、その後の成績が本当にヤバいんです。

ということで、次にその國母和宏選手のヤバさをまとめていきましょう。

國母和宏、騒動を起こした彼のその後、そして現在がヤバい

特にスノーボードなどに精通している方ではないと、どうしてもオリンピックなどで世界が注目する大会でしかスノーボードの選手について注目することはなかなかないと思うのですが、

実は彼は、そのオリンピックからわずか1か月後に行われた、スノーボード界で最も伝統のあるハーフパイプコンテスト「USオープン」で、97.17点という超高得点をたたき出し、バンクーバーオリンピックの銀メダリスト、銅メダリスト、4位、5位の選手を抑え、日本人として見事初優勝を果たします。

そして、なんとその1年後に行われたUSオープンでもまたしても國母和宏選手が優勝し、この大会2連覇という偉業を成し遂げたのです。

こうして、國母和宏選手はまさに一躍スノーボード界のカリスマ的存在になったわけですが、彼がそれだけ世界から注目されたのはそのUSオープン2連覇だけが理由ではありませんでした。

実は、スノーボード選手は険しい雪山から一気に滑り降りる映像を撮影するのがその本業ともいえるようなのですが、國母和宏選手は岩肌が露出した超危険な山々での撮影に挑み、その映像が高く評価され、様々な世界的スノーボード雑誌の表紙などに起用されたのです。

実際、その國母和宏選手の偉業をわかりやすくまとめている動画がありますので、是非一度ご覧ください↓

いや~、空から見ると余裕で滑っているように見えますが、これほぼ直角ですし、もしジャンプを誤って岩にぶつかったらただじゃすまないですよね。

実際、以前見たドキュメンタリー番組でも言っていましたが、一歩間違えば本当に命の保証はないそうです。すごい世界ですよね(>_<)

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バンクーバー五輪後、國母和宏選手はハーフパイプ競技全日本チームの技術アドバイザーに就任

國母和宏選手は、以前ソチオリンピックに出るかどうかは気分次第といった発言をしていたのですが、バンクーバーオリンピックからその約4年後、彼自身は全日本チームのハーフパイプ競技の技術アドバイザーに就任し、オリンピックに出場する選手の技術的な育成にあたっていたそうです。

これは、彼自身が申し出たことのようで、ここで平野歩夢選手らを直接的に指導したようですね。そして、見事平野歩夢選手は銀メダルを獲得されたわけですが、こういった経緯を見る限り、平野歩夢選手にとって國母和宏選手はやはり師匠といえるようです。

また、そんな國母和宏選手は、現在は奥さんと子供2人と北海道で仲良く暮らしており、その子供への溺愛ぶりも以前テレビで取り上げられ、まさに良いパパという感じにすっかりまるくなった感じでした。

しかし、現在も危険な撮影に積極的に挑戦しているようで、やはり話し方考え方、などのスタイルは、以前の國母選手と変わっていません。だからこそ、そういう國母選手をリスペクトしている方も多いみたいです。

腰パン騒動の時は、こいつヤバいな~と思った方は多いと思いますが、そんな國母選手は、今も世界を魅了するために戦う本当にヤバい人でした!(笑)

まとめ

今回の記事では、現在行われている平昌オリンピックで見事銀メダルを獲得した平野歩夢選手の師匠であり、かつて問題児として騒がれた國母和宏選手のその後、現在について詳しくまとめました。

何事も、結果を残した人の言うことが正しいとされる世の中ではありますが、以前世間からの批判の言葉を多く浴びた國母和宏選手は、現在世界を黙らせるほどのすごい選手へと成長していました。

こういった逆境の中でも、自分を貫いて結果を残すというところは、まさに見習うべきところですよね。國母選手、本当にすごい人ですし、これからも頑張っていただきたいと思います。

それでは、今回の記事は以上になります。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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