【2018】火星探査の歴史について解説!

火星に限った話ではなく、

人類が、宇宙の本格的な探査に乗り出したのは1950年代のことです。

まだ第二次世界大戦が終わって間もないころでしたが、

1957年に、ソ連が世界で初めて人工衛星の打ち上げに成功し、

この衝撃は世界中へと広まり、

かくして宇宙開発競争が始まりました。

また、世界で初めて有人での宇宙飛行を成し遂げたのもソ連で、これが1961年のことです。

このように、宇宙開発競争で一歩リードしたかのように思えたソ連ですが、

危機感を覚えたアメリカは、

1958年に「NASA(アメリカ航空宇宙局)」を発足させ、

負けじとその開発に尽力した結果、

1969年には、アメリカの宇宙飛行士が世界で初めて月面着陸に成功しました。

これが、かの有名な「アポロ計画」です。

そして、月に到達したとなれば、

次に目が向けられるのは、やはり地球の隣の惑星である火星ですが、

今回の記事では、その火星の探査の歴史について詳しくまとめていきたいと思います。

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火星の探査の歴史

火星にはこれまで、非常に多くの探査機が送られています。

その中には、火星の地表に着陸するものを目的としたものもあれば、

火星の周りから、その地表や大気の様子を調べることを目的としたものもあります。

しかし、火星探査機は不具合を起こす確率が非常に多く、

これまでに送られた探査機の実に3分の2がトラブルを起こしており、

通信が途絶えてしまったものも沢山あります。

では、その火星の探査はいつから始まったのかというと、

実は探査自体の歴史は古く、

月面着陸が成功するよりもっと前の、

1960年にはすでに火星探査機の打ち上げが始まっていました。

最初のうちは、やはりソ連が一歩リードする形でロケットを飛ばしていました。

しかし、ソ連はこれにことごとく失敗し、

そうこうしているうちに、

アメリカが開発した「マリナー4号」が、

1965年、初めて火星から9600kmしか離れていない近傍を通過し、

22枚に及ぶ写真を地球へと届けました。

また、1969年には、

「マリナー6号」「マリナー7号」が、

火星の近傍3550km地点を通過し、

あわせて200枚の画像を地球へと届けました。

これはちょうど月面着陸と同じころですので、このころからなんとなくアメリカの方がソ連よりリードしたという印象を受けますね。

しかし、ソ連も負けじと開発に取り組み、

1971年に、ソ連の開発したマルス2号が着陸機を投下し、

これが、初めて火星の表面に到達した人工物となりました。

しかし、これは着陸したのではなく、実は墜落してしまったので、

この着陸機が、その後データを送ってくることはありませんでした。

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火星の表面探査を行った初めての探査機は?

ソ連のマルス2号が投下した着陸機は、残念ながら墜落してしまいましたが、

そのマルス2号の打ち上げから、9日後に打ち上げられたマルス3号も探査機を積んでおり、

マルス2号に次ぐかたちでその探査機を火星に投下しました。

すると、こちらはその着陸には成功したのですが、

その後、着陸から20秒ほどで通信は途絶えてしまい、本格的な探査まで行うことはまたできませんでした。

そして、ソ連が再びもたついているうちに

またしても、アメリカがその探査機の着陸、および探査を成功させてしまいました。

それが、1976年のことで、

1975年8月20日にアメリカが打ち上げた

「バイキング1号」は、

その後、約10ヶ月の飛行を経て火星へと到達し、

火星の周囲を探索する
「オービタ」と

火星に着陸する
「ランダー」とに分かれ、

ランダーは、1976年7月20日に無事火星表面に到着しました。

これが、世界で初めて火星表面の本格的な探査を行った探査機です。

その後、オービタとランダーはそれぞれに火星の情報を地球へと届け、

  • オービタは1980年  8月17日まで運用され、
  • ランダーは1982年11月13日まで運用されました。

ランダーは実に6年半にわたり、

温度、気圧、生命の痕跡に関する調査の情報など地球へと届けてくれましたが、

最終的には、活動限界を迎えたからではなく、

地球から間違ったコマンドを送ってしまったために、以降通信をとることが出来なくなってしまいました。

また、バイキング1号が打ち上げられたのと同時期に、バイキング2号も打ち上げられており、

これも、オービタとランダーに分かれ、どちらもその探査のために働きました。

かくして、火星に関する様々な謎は、

アメリカによる一連の探査によって徐々に明らかにされて言ったのです。

その後、

  • 1997年
  • 2004年
  • 2008年
  • 2012年

にも、火星に探査機が着陸していますが、

これらはすべてNASAが開発したもので、

かくして、宇宙開発におけるNASAの地位は絶対的なものとなりました。

まとめ

今回の記事では、火星の探査の歴史についてまとめました。

ちなみに、日本も過去に火星探査機を宇宙へと打ち上げており、

それが、「宇宙科学研究所(ISAS)」が1998年に打ち上げた

のぞみ」です。

しかし、こののぞみもその制御がうまくいかず、

現在は全く通信が取れない状況のまま、

火星とほぼ同じ軌道上を周回する、人口惑星になっているものと考えられています。

探査機を飛ばし、それをコントロールするのは本当に難しいことなんですね。

だからこそ、アメリカの技術力の高さは本当に「すごい!」の一言です。

そしてNASAは今後、有人での火星探査も予定していますが、はたして成功するのでしょうか?

予定としては、2030年後前後の実現を目指しているそうなので、楽しみに待ちましょう(^^)

それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました!

こちらの記事はいかがですか?⇒太陽に最も近い水星、実は蒸発していた?

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